2021年1月22日金曜日

2019年地中海クルーズ(3)3日目:サレルノ(ポンペイ・アマルフィ観光)

 ローマから出発したエメラルドプリンセス、最初の寄港地はティレニア海に面した都市サレルノ。本日は午前中にポンペイ遺跡を訪れ、午後にアマルフィ海岸をバスで巡るという現地ツアーです。

サレルノの美しい港。


明け方航行中、まだ暗いうちに目が覚めて、バルコニーに出たら、四方を囲む真っ暗な海、そして満点の星! カメラにはうまくおさめられませんでしたが、うわーと我を忘れて空を眺めていました。

どこでもない場所を今まさに浮かぶようにして進んでいるという感覚が不思議で、孤独で、とても満たされました。

こちらは朝起きて見えた景色。薄靄のかかる地中海の美しさよ。

ちなみにネット事情ですが、空港で借りたグローバルWi-Fiを持参していました。ただし海上ではネットはつながりません。船にWi-Fiもありますが、有料で、しかもかなり高い。

なので基本は日が出ている間(寄港地についている間)はネットができて、航行中はネット断ち。この有無を言わさぬデジタルデトックスがとてもよくて、することがないぶん夜は早く寝て、朝は早く起きられて、とても健康的に過ごせました。

一方で陸に近づいてネットが通じるとテンション上がったから、一長一短なのですが、「つながらないから仕方ない」という感覚はたまには大切だなとしみじみ思いました。

15階のビュッフェで朝ごはん。

ビュッフェ自体は屋内ですが、席は屋外のプールサイドまであります。

オープンエアの船尾で、朝の海を見ながらいただく朝食は最高でした。サーモンやチーズを取って、ベーグルに挟むのがお気に入り!

航海中は「プリンセスパター」という船内新聞が毎晩届けられ、翌日の寄港地情報や船内イベントの情報が書かれています(日本語版でした)。さらに今回はJTBのツアー客だけに配られる予定表も前夜に客室のドアの下に挟まれていました。毎晩添乗員さんがつくって、プリントアウトしたのを配ってくれていた模様。大変な仕事です。

8時20分に5階アトリウムに集合し、下船。バスに乗り込んでポンペイに向かいます。ポンペイは、ヴェスヴィオ火山噴火による火砕流によって地中に埋もれたことで知られる遺跡で、世界遺産登録されています。

ポンペイは……ま~あ暑かった!

帽子とサングラスは必須。それでも暑い! 乾いた空の下に広がる巨大な石造りの遺跡。ここがパン屋、大浴場、劇場、娼館すら並ぶ活気ある都だったとは……という感じですが、ところどころに残る生活の痕跡に感嘆したりしました。

奥にそびえたつのがヴェスヴィオ火山。

個人的には入り口を歩いているときの夾竹桃に目を奪われ、たくさん写真を撮ってしまった。
夾竹桃、ローマでも咲いていたし、地中海ではポピュラーな花木のようです。白、薄ピンク、濃いピンクのどれも美しくて野性的で、生命力を感じさせて大好きだった。広島市の市花でもあり(原爆後、草木さえ生えないと言われた土地に最初に育ったと言われています)、親近感を抱きました。

ランチはツアーで決められたお店へ。
エビの前菜、サラダ、ボンゴレパスタ、デザートのケーキ。おいしかったです。

食後はバスで、♪曲がりくねった~ アマルフィ海岸の道を走ります。
じつは旅行前は「アマルフィ……織田裕二の映画?」くらいにしか思っていなかったのですが、これが本当に素晴らしくて!
ポジターノ~アマルフィ~サレルノへと向かいました。こんな険しい山道を走るのですが
眼下に広がる自然の海岸線と、たくさんの白い船に、思わず歓声を上げてしまいます。
そして、THEアマルフィな、崖に張り付くように並ぶカラフルな家々。
写真がへたくそ~! 本当、この100倍素晴らしい景色でした。あまりにも絶景で、ずーっと口を開けて窓の外を見ていました。
レモンの産地なので、こんなかわいい看板も。
道が本当に狭く、ミニバスがすれ違うので精一杯。私は海岸側の席だったのであまりわからなかったですが、道路側の席に座っていた両親は何度もヒヤッとしていたらしい。
向かい側から来たバスの行先が「SORRENTO」になっていて、「まさに『帰れソレントへ』だ……!」と言ったら夫がウケてくれて嬉しかった。
サレルノ港に帰ってきました。堂々たるエメラルドプリンセスが見えます。

本日のディナーは、さっそくツアーとは別行動を決めていました。
16階にあるスペシャリティレストラン「SHARE BY CURTIS STONE」を、夫と二人分、朝のうちに電話で(片言でなんとか)予約しておきました。
カーティス・ストーン氏はオーストラリア出身のシェフで、テレビ番組のホストとしても人気なのだそう。船上でも一流の味を食べられる!というお墨付きなのがこのレストランです。
1人+29ドルのカバーチャージが必要となります。2日目ということもあってかそう混んでおらず、海側の席に案内されました。
前菜はシャルキュトリー。
サラダはカンパチ!
ラビオリは崩すとピンク色になって素敵だった!
シーフードはカニに。
メインはコンフィにしました。
ワインもメインダイニングとは違う、少しお高めのラインナップ。ただメインダイニングもそうですが、べらぼうに高いというわけではなく、ワインは市場価格の2~3倍くらいで、割と良心的な値段でおいしいボトルばかりでした。

割と塩気が効いた構成で、ワインが進んでおいしかった……と思うのですが、日中の観光がハードだったせいで私も夫も疲れており、あっという間に酔いが回って、あまり記憶に残っていないのが残念。
といいつつチョコレートのデザートまでおいしくいただきました。
夫は同じくスペシャリティレストランの「クラウングリル」の方がお気に入りのようでしたが、こちらもさすがの創造性、おいしさだったと思いますよ。

明日はお待ちかね、フォーマルナイトのある終日航海日です。


2021年1月21日木曜日

2019年地中海クルーズ(2)2日目:ローマ~エメラルドプリンセス乗船

ローマで迎えた2日目。

朝ごはんを食べたらバスに乗り込み、午前中ローマ市内を観光。午後にチビタベッキア港へ移動し、エメラルドプリンセスに乗り込みます。


宿泊したホテル「スターホテル メトロポール」の朝食ビュッフェは、なかなか種類豊富で豪華。野菜がたくさんあるのがナイス。なによりうれしかったのが、朝からスプマンテが置かれていたこと……♡ もちろん朝シャンです!


バスツアーは、コロッセオ、トレビの泉、スペイン広場というど定番観光地を巡るコース。とても天気がよくて、ヨーロッパの夏!という感じで、景色を見ているだけでも気分が上がります。

車窓から撮影した街並み。真っ白い服装のシスターが歩いていたのが、いかにもカトリック国。

トレビの泉のそばでジェラートを食べたり、スペイン広場近くでウィンドウショッピングしたり、観光客らしく振る舞ってきました。

お買い物は、ホテルからも近かったローマ三越で。かなり小規模ではありますが、ブランドショップもあるし、なによりお土産を買うのにちょうどいい!
イタリアに来てまで三越かいって感じですが、やはり日本人好みの商品が取り揃えてあるので便利でした。調味料、ワインボトルホルダー、そしておしゃれな木のまな板を購入。夫は、フェイラーの限定柄のハンカチを義母に買っていた。

さて、トイレも済ませたら、いよいよチビタベッキア港へ。
バスで1時間弱くらい?海が見えてきました。
そして、ドーン!
エメラルドプリンセスです。デカいよ! 全景写らないよ!
乗船する前は、空港みたいなチェックインカウンターがあり、そこでクレジットカードを登録したり、証明写真を撮影したりします。ワインの持ち込み検査もここで。
積み込まれていくスーツケースたち。比較すると、いかに船が大きいかおわかりかと思います。19階建て、全長290m、全幅36m、乗客定員3080名、乗組員数1100名。いわゆる「プレミアムクラス」と呼ばれるタイプの客船です。
さあ、いよいよ乗り込みました!
私たちの客室は「海側バルコニー付き」。10階の割と前方で、両親の部屋と隣にしてもらえました。バルコニーの柵のすき間から会話できたのが地味に便利だった。
20~26平米とけっして広くはありませんが、大きなクローゼットがあり収納しやすかった。写ってないけどこの左手に棚もあり、そっちには下着や靴下などの細かいものを置いていました。またスーツケースはベッドの下に格納できます。
バスルームはビジネスホテル的な感じ。バスタブはなくシャワーのみ。アメニティも最小限なのでシャンプー類は持っていきました。
(ちなみに預けたスーツケースはその日の夜までに客室に届けられるので、乗船時は手荷物のみ。クローゼットとバスルームの写真は後日撮影したものです)

15階にある、ワールド・フレッシュ・マーケットプレイスというビュッフェレストランで遅めのランチをいただきました。
ここは朝から晩まであいていて、自由に食べたり飲んだりすることができます。アルコール以外は基本的にクルーズ代金に含まれています。
いわゆるビュッフェなので、それほどおいしいものではない……が、たまにアタリもあった。日々違うメニューがあったりして、いろいろ試すのが楽しかったです。

午後は全乗員必須参加の避難訓練がありました。大きなシアターのような場所で、説明を聞きます(英語なのでほとんどわからなかったが)。

夕食は2部制で、我々JTBのツアーはファーストシーティングである17時半に、6階の「ダヴィンチダイニング」で固定されていました。席も決まっていて、乗船中は同じ給仕の人がついてくれます。
割ときちんとしたコース料理で、メニューは好きなものを好きなだけ。前菜を2つ、メインはパス、などの選び方もできます。
前菜はエビのグリルに。
メインはサーモンにしました。
テーブルは8人がけくらいの円卓になっていて、ツアーの方たちと相席します(4人がけもあったかな)。メンバーは60~70代の夫婦がいちばん多くて、それ以外は我々のようなアタック25優勝カップル(30代2組、40代、50代かな)。あとクルーズ大好きという女性の1人客と、学生時代の仲良し3人組という渋い70代の紳士トリオがいました。

もちろん毎晩ここに来るのが強制ではなく、先に紹介したビュッフェで食べるもよし、ルームサービスをとるでもよし、追加料金を払ってスペシャリティレストランを利用するもよし。さまざまな食の選択肢がありました。

食べ終える頃に、港を出航。
私は、この船尾から見える景色がいちばん好きだったな。いつまでもぼーっと見ていられる。

夜は長い、ということでバーにも遊びに行ってみました。プールサイドを含め、なんと10か所もバーが!
ここは7階の「ホイールハウスバー」。
ステージがあって、自由に踊ることもでいる。ABBAなんかがかかったときは、欧米の皆さんよくダンスしてました。夫婦で踊るというカルチャー、とても好ましいと思う。

そんな感じで2日目の夜は更けていきました。

2021年1月20日水曜日

2019年地中海クルーズ(1)1日目:成田~ローマ

2019年7月に、プリンセスクルーズ「エメラルドプリンセス」号で、地中海クルーズしたときの記録です。

今回は、1日目、成田からローマに向かった日のこと。

JTBのパンフレットでは、航空会社はアリタリア、スイス航空、エールフランス、KLMのどれかになると書かれていました。アリタリアのみがローマへの直行便。

あまり評判のいい航空会社ではないけれど、乗ったことないし、直行便だからアリタリアになるといいなーと思っていたら、無事確定!

14時ごろの便だったので、午前中に成田に向かいました。スーツケースはJTBのサービスで事前に送っていたので、機内持ち込み荷物のみで行けてラクでした。

早朝に広島から来た両親や、添乗員さんに会って、カウンターでチェックイン。無事に我々夫婦と両親4人並びの席を取ることができました。

搭乗前はさっそく、夫婦でイクラ丼+ビールで乾杯!


成田からローマへは、約13時間。アリタリア航空は、前評判通り、席の間隔も狭いし、日本語字幕の映画も少ないし、食事のメニューもないし……だったんだけど、不思議とあまりくたびれなくて、悪い印象は抱きませんでした。

酒が飲みたくなったら、後方のクルー室に歩いて行って声をかけると、たっぷりワインを注いでくれた。アテンダントさんもイタリアらしい鷹揚さがあった気がする。

ローマにつく前の朝ごはん(現地時間は夕方)。

ローマについたのは19時ごろ。ホテルに移動したのが20時半ごろだけど、7月のローマはまだこの明るさ。夏の夕暮れの美しさをさっそく体感することができました。

ホテルはテルミニ駅近くの「スターホテル メトロポール」。日本人の利用が多いホテルだそうで、清潔でゆったりとしており、内装もかわいくて、1泊でしたがとてもよかったです。


チェックインしたら、徒歩10分くらいのスーパーへ! 目的は、ワインを買うため…

翌日に乗船するエメラルドプリンセスは、基本的にお酒の持ち込みはNGですが、「ワインを1人1本」なら持ち込めることになっていたのです。なので、あまり酒を飲まない親に「我々夫婦の分を持ち込んで!」と頼み込み、スーパーでワインを4本調達。

当然ながらイタリアワインがお手頃で、大好きなシチリアのCUSMANOもそろっていてうれしかった。


カゴは引きずるタイプ。小柄な夫が持つと、子どものオモチャみたい…。けっこう品ぞろえ豊富なスーパーだったので、おつまみの生ハムや、お土産のチョコレートも買ったりしました。

日本時間では深夜なのですが、ヨーロッパ時間に合わせるためにも、ちょっと食事してから寝ようということになり、これまたホテルと同じ通りにある、すぐ近くのレストラン、Il Gallo Neroへ。

ちなみにこの旅行中、自由時間で行けそうな各地のレストランは、私が事前に調べて複数候補を押さえておきました。6月は仕事中もこの検索ばかりしていた……。


こちらのお店は、トスカーナ料理のレストランのよう。日本語のメニューがあり、男性店員さんが親切。入口ドアが開いており、全体的にオープンな雰囲気で、入りやすかったです。


トマトサラダ、カルパッチョ×2品、トリュフのラビオリ、ビール、スパークリングワインのボトルをオーダー。カルパッチョ、おいしかったのでおかわりした。日本でいうと東京駅のすぐ近くみたいな立地ですが、お値段もそう高くなく、満足できる食事でした。ラビオリもおいしかった~!

ホテルに戻り、我々夫婦はさらにスーパーで買ったビールと生ハムを食べるなどした。初日からテンション上がりすぎですね。地中海バカンス、始まった!

2019年地中海クルーズ旅行記 目次はこちら

2021年1月19日火曜日

2019年地中海クルーズ(0)スケジュール&準備リスト

2020年最後の日記で「コロナ禍においても、それほど憂いなく生きられていて」などと書いておきつつ、予想以上のコロナウイルスの猛威におびえ、罹患して味覚や嗅覚がなくなったらどうしよう…と震えている2021年1月現在だったりします。

外出も会食もままならない日々のなか、夫との会話にしばしば上がるのが、2019年の地中海クルーズ旅行のこと。

アタック25の優勝賞品としていただいた、エメラルドプリンセスで旅する、夢のような11日間。
これまでどの旅行も楽しかったけど、特別さでいえば、比類するものはなくて。その経緯はもちろん、旅行の豪華さ、たくさんの初体験、そして両親への親孝行ができたという意味でも本当に思い出深いです。
(いや、親は「どうしても行きたい」と自腹でついてきただけなんだけど、11日間も親と海外旅行するなんてこの先二度とないだろうし、夫も快く受け入れてくれて、いいやつだなと思った)
海外旅行はもってのほか、国内旅行すら行きづらい状況、でもこんな素晴らしい経験を語ることすら忘れてしまうのは悲しすぎる!と思い、きちんと書き留めることにしました。
時系列で1日1記事でも11記事の大作になってしまうが……。がんばります。

今回はプロローグということで、準備と、目次的なもの。

【スケジュール】(クリックすると記事に飛びます)

こちらが船の航海図です。そう、私はエーゲ海を旅したのだ。
旅行会社はJTB、「プリンセス・クルーズで巡る地中海クルーズ11日間」というパッケージ。添乗員さんもいて、至れり尽くせりでとてもラクでした。ツアーは20名ほどで、アタック25優勝者カップルは我々含め4組いました。

【持ち物】

私と夫、ふたりでスーツケース2個。サムソナイトのEVOA(81cm)と、大学生のときに買った中サイズ。中サイズの片側はお土産スペースとしてあけておきました。
サムソナイトはアタック25の優勝賞品です。サムソナイトさすがに使いやすくて一気にファンになりました。75cmサイズもいただいて、それは親にあげた。
さらに夫はリュック、私はロンシャンのトートバッグを機内持ち込みにして向かいました。

クルーズ旅行はホテルごと次の目的地に移動できるようなものなので、かなりラク。年配の両親だけでなく、飛行機移動がストレスになりやすい夫(自律神経が弱い)も満喫でき、もちろん私自身もすっかりハマりました。

なので旅先であれこれ出し入れすることはないのですが、クルーズならではの旅準備も必要になります。

・マグネットフック
・保冷温水筒
・タッパー
・クリアファイル

・酔い止め
・日焼け止め
・シャンプー類、スキンケア
・歯磨きセット
・洗剤
・部屋干しセット
・爪切り
・除光液

・箱ティッシュ
・ウェットティッシュ

・スピーカー

・エコバッグ
・部屋履き(ビーチサンダル)
・パジャマ
・水着
・フォーマルウェア
・ジムウェア

一般的な海外旅行の持ち物に加えて、持って行ったのはこのあたりでしょうか。乗船している8日間、いかに船室を快適にするかがポイントでもあります。

船室の壁はスチールのことが多いので、マグネットがくっつきます。フックをつければ簡易収納の出来上がり! サングラスやクルーズカード(首からさげるICカードみたいなの)をひっかけるのに重宝します。
わかりづらいけど、化粧品(FENTY BEAUTYのマルチスティック)が壁にくっついている図。

ペットボトルを買うと有料ですが、ビュッフェレストランでは水やお湯を自由にもらえるので、定期的に取りに行き、水筒に入れて部屋で飲んでいました。タッパーも同じく、部屋でなにかつまみたいときに、レストランから持ち帰るのに重宝しました。

クリアファイルは毎日届く船内新聞をまとめるのに使います。ポケット式のファイルに1日ずつ入れておくと見やすいし、帰国後に眺めるのにも便利(まさに今、旅行記を書くために読み返しています)。船内新聞にはその日の旅先の見どころやイベント予定、小ネタなどいろんなことが書かれています。
長期の旅行なので、洗濯ができるように洗剤や部屋干しセットも持っていきました。部屋干しは乾燥対策にもなります。船内にはランドリールームがあり、アイロンがけもできます。爪が伸びたとき用に爪切り、除光液も持参しました。

そして忘れていけないのが水着とフォーマルウェア!
今回のクルーズの場合、「フォーマルナイト」というイベントが2回あり、ドレスアップして楽しみました。結婚式に出るレベルの格好が目安かな。我々はロングドレス、蝶ネクタイであえてキメキメにして、非日常を味わいましたが、もう少しカジュアルに2次会レベルの格好でも問題ありません。

ちなみに普段の洋服は、これらを持参し着まわしました。
・Tシャツ 1枚
・ノースリーブ 1枚
・半袖ブラウス 2枚
・長袖シャツ 1枚
・スカート 2枚
・パンツ 2本
・半袖ワンピース 1枚
・長袖パーカー 1枚
・サンダル 1足
・エスパドリーユ 1足
・スニーカー 1足

【金額】

JTBのツアーでは、飛行機代、クルーズ料金(バルコニー付きツインルーム)、現地ツアーが含まれていました。普通に払うと2人で120万ほど。
高価ですが、朝昼夜の食事代などもすべて含まれていると考えると、じつはそれほど割高でもない気がします。アルコール類や、寄港地での食事代は別途払うことになります。
成田空港へスーツケースを事前に送れる/帰国時に成田から自宅へ送れるサービスもついており、普段個人手配の旅行ばかりしている身としては新鮮で、たまにはいいなと思いました。
次回からは時系列で書いていきたいと思います!

2020年12月31日木曜日

渦中にいると見えないことも多いけど


誰にでも「あったかもしれない別の人生」があって、別次元で、分岐した別の世界線の人生が無数に続いているのかなと想像したりするのだけど。

2020年ほど、世界中の人が「あったかもしれない別の人生」に想いを馳せた年もないだろうなと思う。

コロナウイルスが蔓延しなかった世界。開催された東京オリンピック。あったはずの結婚式。なかったはずの葬式。死ななかった人たち。

スケールが壮大すぎて語彙力がたりないけど、生きているうちにこんな経験をすることが、本当にあるのだと思った。今も思ってる。


正直に言ってしまえば、私はたまたま健康的な30代で、子どももいないし、私も家族もコロナの影響をそれほど受けない職業で。

もちろん罹患して重症化しないなんて保証はないけど、コロナ禍においても、それほど憂いなく生きられていて、恵まれた立場だという自覚がある。

実は当初、「小さい子は重症化しにくく、老人が重症化しやすいウイルスだ」と報道された時に、このパンデミックによって、日本の歪な人口構造が是正されて、文字通りの新時代に突入するのでは、なんて身勝手な想像を抱きもした。

去年観た映画『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』のエピローグ、ゴジラによる破壊のあとに環境汚染が急激に収束してという描写があって、そんな都合のいい展開あるか!とツッコんでいたのだが、いざ自分が大きな災厄に居合わせたら、私も都合のいいメッセージを読み取ろうとしていたみたい。

そうやって自分側に引き寄せて考えることで、心の安寧を保とうとしていたんだろうな。己の小ささを思い知った。

ウイルスに宇宙の意思などはない。人間はただ与えられた条件の中で淡々と生きるしかない。


とはいえwithコロナによって世の中が変化しているのも事実で、たとえば勤め先は4月以降テレワークが基本となり、もしコロナの流行が収束したとしても、その方針は変わらないとのこと。

働き方改革とみんな叫んでいても遅々として進まなかったのに、変わるときはガラリと変わるのが、もはや痛快ですらある。


個人的にもテレワークは歓迎で、家と職場は近いほうだけど、それでも通勤の手間がなくなるとこんなに気が楽だとは!と日々感じている。

一方で、たまに同僚と顔を合わせると話がはずむしアイデアも生まれるから、どっちかだけが正解ということではなく、使い分けることが大事。そりゃそうでしょって感じだけど、実際のところを知ってると知らないのとでは、まったく違うから。

夫も完全テレワークなので、まさに四六時中顔を突き合わせている状態で、さすがに1LDKは狭いと思いつつも、割りかし上手くやっとります。

夫婦は人生のパートナーって頭ではわかっていたけど、生命の危機を初めてリアルに感じるなかで、本当に2人きりで生きていると、ああこういうことか、って思った。


ちなみに私、若い頃から生理不順気味で、4週のときもあれば6週のときもあり、ストレスがダイレクトに影響するタイプだったのですが、5月以降きっちり毎月4週周期になっていたのは驚きでした。これはステイホームの副産物のような気がする。

悪い面では、アレルギー性鼻炎が悪化している感覚がある。ハウスダストにめっぽう弱くて、密閉性の高い狭い家にずっといるからかな、と推察しているのだけど、どうなのだろうか。


仕事は割と結果が出せた年だった。個人名でも、雑誌のカルチャー記事にコメント寄せる仕事ができたり、ツイッターでPR案件(商品をもらう代わりに感想を書く)を5件もやらせてもらえたり、少しずつ実績を積んでいる。

プライベートでは、2月にバンコクに行けた。すでにコロナ流行のきざしがあったけど、無理くりにでも行って本当によかった。

映画は全然見られなかったけど、本は久しぶりにたくさん読めた。

去年18万字の長編小説を完結させて、付随する番外編も今年いよいよ書き終わって、次の作品に着手したいけど、現代物を書くならコロナを避けて通れない気がして、なかなか構想がまとまらずにいる。


私の2020年振り返りは、とりあえずこんなところです。

1年後、10年後、この日記を読み返したときにどんな気持ちになるのかな。まったくわからないけど、2020年を生き延びたことは、きっと一生語り合うだろう。


今年もありがとうございました。

皆さまの迎える新年が、よりよいものでありますように。


2020年8月24日月曜日

アタック25出演記Part6 アタックチャンス~地中海クルーズ獲得

お待たせしました、アタック25出演記、今回で終わります!

アタックチャンスの時点で、枚数トップの10枚。このままいけば、勝てるかもしれません。ただし私がもっている唯一の角は25番で、ほかの全員が狙える場所。つまりアタックチャンスを落とすと、窮地に追い込まれる。
じつは本番になっても、それほど緊張していませんでした。しかし勝利の端が見え始めたら、急に我に返ったようになって、膝が震えだしたではないですか。オンエアを見た友だちからは「なんと落ち着いていることか」と言われましたが、それは上半身から上だけで、座っているだけなのに膝がずっと震えていました。

そして25問目、アタックチャンス。
「和歌や連歌などで、意識的に先人の作の用語や語句などを取り入れて歌を作ることを……」
押した!
「本歌取り」
とったーーーー!!!!

字面では知っていても自分自身では使ったことのない単語。微妙に自信はなかったんですが、次にいい問題がくるとも限らない、と思って攻めました。今改めて測り直したら、質問が始まって押すまで5.7秒。もっと長いように感じたよ……。

この問題をとったおかげで角の1番に入ることができ、アタックチャンスで指定したのは、赤がもっていた左下の角、21番。ラッキーなことに、白と緑はすぐには入れない場所。つまり早めにまた正解すれば、とれる可能性が高い。
ちなみに1番をとれたのも、24問目で正解した白の人が間違えて?7番に入ったからこその偶然で。こういう偶発的なパネルの流れこそ、アタックあるあるだなと思いました。我ながら本当に武運がある。

続く26問目は白がとりましたが、神は引き続き私に微笑んでいた……27問目に、なんと25問目アタックチャンス以上のミラクルが!
「3択の問題です。現地時間の今月10日、アメリカでグラミー賞の授賞式が行われます。グラミー賞のトロフィーはあるものがデザインされていますが、次のうちどれでしょう」
3択など聞く必要もなかった。 

「蓄音機!」
はい、正解~~!!

本当は「あるものが」あたりで押してもよかったんだけど、念には念を入れて問題文を最後まで聞いてから答えました。だって、グラミー賞の問題なんて。えっ、出題者サイキッシュ見てくれてるの?って勘違いしそうになるレベルじゃないですか。今まで私が何度グラミー賞の写真を漁って、何枚このサイトに貼りつけてきたというのか。

21番をとったことにより、左縦1列がすべて青に。合計17枚となり、この時点で優勝が確定しました。
洋楽にささげてきた青春、ありがとう…!

残りは3問。自分でもできすぎな枚数だと思ったので、欲をかくのはやめようと思いつつ、一方でやっぱり枚数とれるもんならとっておきたいというもの。
白が連続で2枚獲得し、ラスト30問目の時点で青の私は13枚に。
そして最後の問題
「来月10日、日本を代表するバレリーナ森下洋子が、あるバレエの公演で主役を務めます」
この時点では、眠れる森の美女かシンデレラかな?と思っていました。が、次のキーワードが決めてだった。
「アルブレヒトと悲しい恋をして……」
ジ ゼ ル !
なんでわかったかって? 中学生のとき大好きだった花とゆめの漫画家さん、葉山萌葱先生のコミックスに収録された短篇「夜毎ジゼルのように」を何百回も読んでいたから。
白泉社にもささげてきた青春、ありがとう。いや本当に、自分が生きてきた道全部が勝利のピースとなりうるゲーム、それがクイズだと実感しました。
ちなみに問題文の全文は「森の精霊となる村娘を描いたこのバレエのタイトルはなんでしょう」でした。
というわけでラストコールを9番で飾ることができ、最終的にパネル17枚でフィニッシュしました。勝ったぜ……。

さあ優勝者は、地中海クルーズ(当時)をかけた最終問題に挑戦できます。
これまで問題を答えるときは手元の画面を見ていたのですが、最後だけは正面の大パネルを見ることになります。これはテレビ放映時に、解答者がずっと下を向いているのを避けるためのようです。
この最終問題は、回によって、人名を答えさせたり、地名を答えさせたり。
谷原さんが「今回はある都市の名前をお当ていただきます」と言ったとき、正直ゲッと思いました。日本の地理が苦手なので、できれば人名がいいなと思っていた。
しかも画面に最初に映ったのが、氷に穴をあけて魚釣りをしている図。北海道か長野か…やべえ、全然ピンとこない!!!

がしかし。
その次に出てきたのが、与謝野晶子の記念碑(字幕つき)。
あれ、これ最近見たじゃん……。
ウラジオストクじゃん……。

何を隠そう、海外旅行好きな私にとってウラジオストクはマジで「近いうちに行きたい場所ナンバーワン」であり、友だちのブログや4travelの旅行記を読みまくっていたのだった。
与謝野晶子は夫の鉄幹に会うために単身ウラジオストクに渡り、そっからシベリア鉄道に乗ってパリに向かったんですよ。そのときの歌を刻んだ記念碑が、極東連邦大学の構内にあるって、マジで私普通に知っていたんですよ……。

一応、真面目な顔してモニターを見つめていたけど、そっから先は内心答え合わせみたいな感じでした。そして見れば見るほどウラジオストク。
シベリア鉄道の発着駅であることや、地図も表示され、最後は金角湾横断橋の写真。はい、答え、ウラジオストクです!
おかげさまで自信を持って答えることができました。
地中海クルーズをこの手につかむことができました。

収録後は控室に戻り、賞金(現ナマ)や交通費の受け渡しがありました。副賞は、ネックレスとGUCCIの時計とクルーズ目録はその場でもらえて、サムソナイトのスーツケースは後日送られてきました。賞金は会場を出てすぐ近くのATMに突っ込みに行った。
その後私よりテンションの上がっている夫&両親と合流し、上機嫌で美酒をあおったのは言うまでもありません。

いや~~こうして振り返っても、本当に運が良かったし、同時にやっぱそれなりに強かったな自分、とも思います。
出るからにはベストを尽くしたい、勝ちたいと思っていたけど、こんなにうまいこといくなんて。クイズ一家に生まれた我が宿命、リベンジを果たすべく生きてきたのだ……と言ってもいいでしょう。

最後に谷原さんに一言求められたとき「お父さんお母さん、やったよ!って感じです」と答えたけど、本当は3か月前に亡くなった伯母さんにも呼びかけてました。両親が出るよりさらに前、たぶん私が生まれる前くらいに、じつは伯母さんも出演していたから。伯母さん、やったよ~!